令和5年 全日本柔道選手権大会観戦記
2023年5月 2日
令和5年全日本柔道選手権大会は、コロナ禍の影響がわずかに残る中ではあったが、4月29日、日本武道館において通常開催することができた。
5月7日からカタール・ドーハで開催される世界選手権を目前に控え、昨年優勝者で100Kg超級代表の斉藤立選手をはじめ、昨年準優勝で団体戦代表の影浦心選手、100Kg級代表の飯田健太郎選手等が欠場する中、今大会は、全国10地区から選出された40名のみによる大会となった。試合内容は、序盤から全日本選手権らしい一本を取り合う熱い試合が展開された。参加40名中、16名は初出場であり、6回以上出場経験のあるベテラン選手が8名であった。今回の参加者の中で最年少は18才、今春、埼玉栄高校から東海大学へ進学したばかりの新井道大選手を筆頭に若く勢いのある選手が多数参加する中、30歳を超える選手も6名おり、世代交代をかけて実績のあるベテラン選手に新進気鋭の若手選手が勝負を挑み、会場の観衆を大いに沸かせた。
1回戦から真っ向勝負で力と技がぶつかり合う好試合が続いたが、一方で相手選手の反則負けにより勝敗が決する試合が多く見られた。特に今大会で選手宣誓をし、大会後に引退を表明した七戸龍選手(九州電力)対小川雄勢(パーク24)の2回戦は、大型選手同士の見ごたえある試合であったことから、「もう少し試合をさせてあげることはできなかったのだろうか」という思いが残った。
本大会の第一シードとなった東京オリンピック代表の原沢久喜選手(長府工産)は、2回戦でくせ者の2022年東京グランドスラム81Kgチャンピオン小原拳哉選手(パーク24)との対戦となり、大内刈で技有を取ったものの、終盤に有効を奪われる厳しい戦いとなった。波に乗ることのできなかった原沢選手のその後の戦いには精彩が感じられず、準々決勝では、2023年全日本選抜体重別大会90Kg級優勝の田島剛希選手(パーク24)の思い切りの良い積極的な攻めに対応することができず累積の指導により、あえなく反則負けとなり、第1シードの山からは、田嶋選手が準決勝戦に勝ち上がった。
次の山ではノーシードからの戦いとなった王子谷選手(旭化成)が、原沢選手とは対照的に2回戦で100Kg級の新鋭グリーンカラニ海斗選手(日体大)を内股と大外刈による合技で屠って波に乗り、3回戦・準々決勝戦も順調に勝ち上がって、準決勝戦にコマを進めた。
右側の山第2シードの小川雄勢選手(パーク24)は、怪我の為か技に切れ味がみられず、2・3回戦は相手選手の反則負けにより辛勝したものの、準々決勝では羽賀龍之介選手(旭化成)のうまさに何もできず、一方的に指導3を取られての敗退となった。
2回目の優勝を狙う太田彪雅選手(旭化成)の2回戦は相手選手が体調不良の為、棄権となった。その後の3回戦を見事な内股で一本勝ちした太田選手であったが、関東チャンピョンの一色選手(日本中央競馬会)との対戦は苦しい戦いとなり、ゴールデンスコアを含めて8分余りの激闘の末、ようやくの勝利となり、準決勝に勝ち上がった。
準決勝戦、田嶋選手対王子谷選手の一戦は、体重差をものともしない田嶋選手の積極果敢な攻めと圧力をかけ大外刈のチャンスをうかがう王子谷選手の息をのむような接戦となった。この全日本選手権大会を3回制している王子谷選手の攻めにもまったくひるむことのない田嶋選手、本戦終了間際、がっぷり4つで奥襟を取り合った姿勢から思い切りの良い大内刈に行く。大きな山が崩れ落ちたかに見えた一瞬、巧に体をさばいて大内返で切り返せば、紙一重の差で田嶋選手の背中が畳に落ち技有、そのまま時間となり、王子谷選手が決勝進出を決めた。
もう一つのブロックは、令和2年の全日本王者対令和3年の王者の対決となった。32才となりベテランの風格ただよう羽賀選手は、太田選手にとって大学の先輩であり会社でも同所属、過去に2度決勝戦で相まみえた大先輩である。若さと勢いを見せた戦いを望んだが、その攻防は互いに決め手に欠け、ゴールデンスコア3分26秒、羽賀選手の内股をまたいでかわそうとした行為が、肘関節を決めに行ったとみなされ反則負となるという残念な結果となり、羽賀選手の決勝進出が決定した。
令和5年の決勝戦は、オリンピック・世界選手権という国際舞台からは遠ざかっているものの、間違いなくこの10年余りの全日本選手権を支え栄冠を分け合ってきた進化をやめないレジェンド同士の戦いとなった。レジェンドとして、互いのすべてをぶつけ合った決勝戦は、互いに一歩も譲らない展開となり、羽賀選手が大内刈・内股、王子谷選手が体落・内股としかけるが互いに効果なし。ゴールデンスコアに入り、あきらかに疲れの見える両者であったが、死力を尽くして技を出し合う姿は、レジェンドとしての意地とプライドを感じさせるものであった。もっと見ていたい内容のある決勝戦であったが、無情にもゴールデンスコア4分56秒、羽賀選手に消極性による指導3つ目が与えられ、勝敗が決した。
優勝した王子谷選手の戦いぶりは、本当に見事なものであった。自らの環境が変わっても、与えられた環境の中で最善を尽くし、結果を出した王子谷選手の姿は、見ているものすべての心を打った。「まず一番に妻に感謝し、そして自分を支えてくれたすべての方にお礼を言いたい」と語る王子谷選手の言葉に感動した。そして、「今年の夏に生まれてくる我が子の為に全力を尽くした」という言葉に柔道の未来と私たちのやるべき仕事を重ねた。
今年は、5月7日から開催されるドーハ世界選手権の為、世界代表に選ばれた選手が、直前の全日本選手権出場を見送る事態となった。全日本選手権の時期について再検討が必要という意見も多く届いており、検討もしている。王子谷選手が、「僕にとって、全日本選手権がすべて、来年もこの大会の為に全力で頑張りたい」と語ってくれた。全日本選手権は、私たち柔道家にとって、それだけ大事な大会である。この大会にいろいろな制限なく、すべての選手たちが挑戦し、そして本来の柔道を体現し、最高峰の戦いをすることができる場所として守っていかなければならない。開催期日・ルール、大会の在り方等、課題は多い。しかし、講道館創立141年を迎えた今こそ、もう一度原点に立ち返り考えて行かなければならないと強く感じた大会で会った。
(M.M)