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令和4年 全日本柔道選手権大会観戦記

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令和4年全日本柔道選手権大会は、コロナ禍の影響が残る中ではあったが、3年ぶりに大観衆が見守る中、4月29日、(金・昭和の日)、寛仁親王妃信子殿下のご臨席を賜り(寛は『寛』に『、』)、日本武道館において開催された。

 
感染症対策として、収容人員を5,000名ほどに抑えての大会となったが、用意した席はほぼ満席となり、声援に代わって拍手での応援が自然発生的に行われる中、白熱した試合が展開された。今大会は、全国10地区から選出された40名に7名の推薦選手を加え、47名の精鋭による激闘となった。参加47名中、10名が初出場であったが、6回以上出場経験のある選手が7名と世代交代をかけて新旧が入り混じる大会となった。

  
序盤戦から、非常に見応えのある試合が続き、全46試合中26試合が一本勝、10試合が優勢勝という素晴らしい内容であった。昨年のオリンピックで活躍した60Kg級高藤選手、73Kg級大野選手、90Kg級向選手らも大柄な選手相手に真っ向勝負を挑み、会場の観衆を大いに沸かせた。反則で勝つのではなく、最後まで力と技による一本勝ちを狙う全日本選手権ならではの試合内容は、雨の中日本武道館に訪れた大観衆の胸を打つものであった。

 
本大会は、昨年優勝の太田彪雅選手(旭化成)、準優勝羽賀龍之介選手(旭化成)、2021年世界選手権大会100K g超級優勝の影浦心選手(日本中央競馬会)、2020東京オリンピック出場の原沢久喜選手(長府工産)、2022全日本選抜体重別大会100Kg級優勝の小川雄勢選手(パーク24)らに推薦選手を加えたオールスターに若手選手達が、どんな戦いぶりを見せるかが注目された。

 
太田選手は、2・3回戦を順調に勝ち上がったが、4回戦で小川選手との接戦に競り負け、第1シードの山からは、小川選手が準決勝戦に勝ち上がった。
次の山では、81Kg級ながら1回戦で田中源大選手(日本製鉄)に40Kgの体重差を乗り越えて勝ち上がった小原拳哉選手(パーク24)が、2回戦、垣田恭兵選手(旭化成)に巴投による一本勝、3回戦も優勢勝と目覚ましい活躍を見せたが、影浦選手はこれを苦戦の末退け、準決勝戦に勝ち上がった。
右側の山第2シードの羽賀選手は、2回戦こそ近畿地区優勝の中野寛太選手(天理大学)に劣勢になりながらも起死回生の送襟絞で逆転したが、3回戦で一色選手(日本中央競馬会)に指導3により力無く敗退、その一色選手を大外刈からの横四方固で屠った斎藤立選手(国士舘大学)が準決勝に勝ち上がった。
最後の山は、準々決勝戦に王子谷選手と原沢選手が勝ち上がり往年の対決となったが、原沢選手が縦四方固で一本勝し、準決勝に勝ち上がった。

 

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準決勝戦、小川選手対影浦選手の一戦は、ゴールデンスコアにもつれ込む接戦となり、背負投を中心に終始攻め続けた影浦選手が、決勝進出を決めた。
もう一つのブロックは、反則負けを含めてではあるが、全試合一本勝ちで勝ち上がった斉藤選手と2020東京オリンピックの敗戦から立ち上がり、パリに向けて 再出発を図った原沢選手の対戦となった。試合は、斉藤選手が終始前に出て攻め続け、ゴールデンスコアに入ってからの 4 分 46 秒、原沢選手に3つ目の指導が与えられ、若さと勢いに勝る斉藤選手が決勝に進出した。

 

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事実上、今年のタシケント世界選手権 100Kg超級 代表決定戦となった決勝戦は、現世界王者の影浦選手と昨年グランドスラム100Kg 超級で優勝し、2 年後のパリオリンピックに 向けた大きなステップにすることを目指して決勝に進出した斉藤選手の対戦となった。互いの意地のぶつかり合いとなった決勝戦、本戦では技を出し合ったものの決め手に欠け、互いに指導 1 を受けたところでゴールデンスコアに突入した。ゴールデンスコア突入後の 4 11 秒、2 個目の指導となる消極的指導が影浦選手に与えられた。しかし、その後は奮起し、一進一退の攻防が展開された。終盤、反則で勝負が尽きそうな場面もあったが、息をのんで死力を尽くした戦いを見守る大観衆だけでなく、当事者である選手も審判も反則での全日本選手権者の決定を望んではいなかった。互いに一本を取りに行き、死力を尽くして戦う柔道の醍醐味を体現する戦いは、全日本選手権大会の決勝戦にふさわしい素晴らしい内容であった。

勝負の女神は、勝ちたいという気持ちがより強い選手に微笑んだ。本戦を含めて 14 分が経過し、疲れの見えた影浦選手が下がるところに斉藤選手が、怒涛の攻めを見せた。準決勝戦も 9 分近い接戦を戦い抜き、決勝も 14 分を超えた。体はすでに限界に来ていたはずである。しかし、必ず勝ってパリへの一歩を踏み出すという斉藤選手の執念が、最後の技に表れていた。14 21 秒、渾身の足車が見事に決まり、斉藤選手が 20 才の若さで初優勝を果たした。

斉藤選手は、試合後のインタビューで、「父の偉業に比べたら、ようやく第一歩を踏み出しただけである。まだまだ、挑戦者の気持ちで、これからさらに頑張って行きたい」と述べた。20 1 ヶ月での優勝は、山下泰裕・石井慧に次ぐ史上 3 番目の年少記録である。時代が変わろうとしている。試合後の強化委員会で、晴れてタシケント世界選手権大会 100Kg 超級代表に選ばれた斉藤選手が、これからどんな活躍を見せてくれるのかが楽しみである。

 

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新型コロナウィルス蔓延による影響で、20202021 年の全日本選手権は、無観客・講道 館での開催となった。講道館が創立 140 年を迎えた令和 4 年(2022 年)4 月、多くの方々 の協力のおかげで3年ぶりに日本武道館の会場に戻って来て大会を行うことができた。言葉に尽くせないほど素晴らしい戦いであった。今大会は、多くの柔道ファンの脳裏に長く残るだろう。この大会を支える裏方として仕事ができたことを誇りに思うとともに、そんな気持ちにさせてくれた選手や関係者の方々に心から感謝したい。

(M.M)

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