青年海外協力隊奮闘記 vol.5 -ウズベキスタン共和国-
2015年11月 6日
ウズベキスタン共和国
堂元 司
初出 『柔道』平成24年3月号
■ウズベキスタン共和国についての基礎知識
アジアの中央に位置するウズベキスタン共和国(以下ウ国に省略)。人口約2750万人、首都はタシケント。夏は40℃を越え、冬はマイナス10℃と季節毎の温度差が激しい国です。また世界遺産がいくつかあり、中でもサマルカンドのレギストン広場には驚かされました。あとは、有名なウ国の伝統料理にプロフというものがあります。プロフは日本でいうピラフやチャーハンのようなもので、とても脂っこいのですが慣れると癖になる味です。結婚式などの祝いの席には必ず出てくる料理です。
■略歴
九州国際大学付属高等学校(福岡県北九州市)を平成17年3月に卒業。同四月、国際武道大学(千葉県勝浦市)に入学。平成21年3月に同大学を卒業後、JICAへ応募しました。
■参加の動機
昔から、異文化に触れたいという強い思いがありました。その思いと、私の専門である柔道を活かし、高校時代には国際的な柔道指導者になることを決心しました。大学を卒業する際、先生方から青年海外協力隊に行くことを勧められ、応募するに至りました。
■配属先
ウズベキスタン柔道連盟に所属し、首都タシケントにある共和国オリンピックカレッジで柔道指導を行いました。対象は中高生50人程度です。
■派遣国の第一印象
ウズベキスタンに到着し空港を出てホテルへ向かいましたが、その途中の風景を見て、本当にここは発展途上国なのか?と、驚きました。首都には美しくて立派な建造物や店が立ち並び、道路も整備されていました。インフラは十分整っており、生活を送っていてこれといった大きな問題はなく、暮らしやすい環境でした。
しかし、一歩地方へ出ると環境は一変し、ウズベキスタンが発展途上国であることを目の当たりにしました。貧富の差があることを知りました。
■柔道の状況
柔道人口は約4000人と聞いています。100kg超級で有名なアブドゥラ・タングリエフ選手がいて、北京オリンピックで銀メダルを獲得しています。60kg級には現在世界ランキング一位のソビロフ選手がいて、彼は今年のロンドンオリンピックで金メダルを取る可能性が高く期待されています。他にも多くのウズベキスタン選手が世界大会で活躍していることから、柔道に関心のある人は多いようです。
ウズベキスタン柔道の特徴は、総合的に見て、捨身技や掬投を得意とする選手が多く、力強い柔道といえます。こういった技術を使う選手が多い理由として考えられることは、サンボや伝統競技であるクラッシュからの影響だと考えられます。
■カルチャーショック
〈柔道〉
初めて練習風景を見せてもらったときのことです。見慣れた畳、日本と変わらぬ稽古風景を見て感動のショックを受けました。日本とは違うに決まっている、という意識が当時の私にはあり、海を越えた異国の地で、こんなに日本を身近に感じられるとは思っていなかったのです。嬉しいショックでした。
他に、合宿日数の長さに驚きました。まさかの1ヵ月以上、山に篭り合宿を行いました。カウンターパート(同僚パートナー)は生徒たちのモチベーションが下がってきた頃、ボディービル選手権を開くなどして工夫していました。ベテラン技です。合宿は辛かったですが頑張っている生徒たちに力をもらい、何とか無事達成しました。終盤はお互いの絆でやり遂げた感じです。
〈柔道以外〉
肉を食べた際の臭みにショックを受けました。特に羊肉です。ウズベキスタン料理によく使われている肉すべてがそうではないのですが、臭みがある肉を口にすることが多々ありました。日本ではここまで癖のある肉を食べたことがなく、ウズベキスタンの人々が美味しいと言って食べているのでショックを受けました。羊肉だけでなく牛や豚にも臭みを感じることがあり、美味しそうな肉を目の前に、多少の覚悟を決めなければなりません。あの独特な癖・臭みの原因は家畜の脂肪分や食べている草の匂いだと聞きました。もしかするとこの癖・臭みが、肉本来の味なのかもしれません。
■現地での活動
目標に向けた地道な反復練習と心の指導が、選手の心身を成長させ、己の可能性を伸ばすといった関連性に気づいた私は(派遣約1年3ヵ月後)、それらを踏まえカウンターパートと共に練習メニューを作成し、稽古を進めました。ウズベキスタン柔道には理解の無かった「崩し」に着目し、目標を崩しの認知・活用にしました。多くの「崩し方」を紹介、崩しの必要性や魅力を説明し、少しずつの進歩でしたが諦めずに反復練習を行いました。彼らにとって未知の技術だった「崩し」、魅力的な技術である一方、習得困難な技術でもあります。そのせいか、生徒たちの集中力が持たないことも度々ありました。その都度言ってきたことがあります。「何かを習得したければ毎日毎回真剣に取り組まなければならない。それは人生のすべてにおいて一緒じゃないか。皆もっと考えてみて欲しい」。そう伝え、心のあり方について共に考えるきっかけにしました。
崩しについては、一部の生徒が乱取などで、上手く応用できるようになりました。崩しの応用寸前まで来ている者は多く、カウンターパートが引き続き指導を行ってくれています。彼らが今後活躍し世界に出てきてくれることを楽しみにしています。
■1番嬉しかったこと
ウズベキスタン柔道に「崩し」が必要ではないかという私の問いかけに、多くの人たちが賛成し着目してくれたことです。また、理解・習得しようと真剣に頑張っている姿を見たときとても嬉しかったです。
もう一つ、東日本大震災が起きた後、国中の人々が日本のことをとても心配してくれていました。心がいっぱいになりました。
■1番辛かったこと
柔道のあり方について先生方と話をしていたときのことです。「君は哲学的だね?」と笑われました。私も笑ってごまかしましたが内心悔しかったです。
■今後の目標
技術面・精神面双方両立した指導を他の国でも行える柔道指導者を目指します。
■最後に
ウズベキスタンに派遣され、初めての長期海外生活。柔道指導を通して、多くのことに気づき考えさせられました。最も考えさせられたことは、心の指導を最優先に出来ずにいる柔道の行方についてです。
日本とウズベキスタンの柔道を見ていると、勝ち負けにこだわり過ぎる余り柔道の持つ教育的要素が失われている、または十分に発揮できずにいると感じます。私も青年海外協力隊で海外に出るまでは勝ち負け柔道でした。「相手に思い遣りなど持っていると自分が負けてしまい、結果を出さないと将来がなくなってしまう」「とにかく勝てばいい」「心技体はどうだろうか?私には絶対に負けないという心が一番前にあるから大丈夫だ!」、ついこの前まで私はそう思っていました。しかし、心と柔道の関係はそんな単純なものではないと知りました。もっと奥が深い。それに気づかせてくれたのは、生徒たちや同僚の先生方、協力隊員、国の環境でした。「心とは何なのか考え、心のあり方を探すきっかけをくれるのが柔道」今ではそう感じています。
今後の柔道が向かう先は、柔道家一人ひとりの志にかかっていると思います。指導に大切なことは何か常に考え、柔道界が世界が少しでも良くなるように、私は自分に出来ることを見つけ、信念を持って実行していくつもりです。世界の柔道家は日本の柔道家をよく見ています。礼法など特に見られており、日本にいると気づきませんがお手本になっています。私は生徒たちに「まずは心の『一本』だ」とよく指導しています。彼らはきっと日本人はそういう心の持ちようだと捉えているはずです。まずは私たち日本人が「心の『一本』」を目指したいです。
(平成21年3次隊)
この記事は、講道館発行の機関誌『柔道』に掲載された記事を加筆修正再編集したものです。