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青年海外協力隊奮闘記 vol.9 -バングラデシュ人民共和国‐

バングラデシュ人民共和国

千原慎太朗

初出『柔道』平成24年10月号

   

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■派遣国についての基礎知識 

首都:ダッカ

独立年:1971年

面積:14万4000平方キロメートル(日本の約4割)

人口:約1億6000万人(世界一人口密度の高い国)

宗 教:イスラム教徒89.7%

     ヒンドゥー教徒9.2%

     その他1.1%

言 語:ベンガル語

主要産業:縫製品産業

 

■略歴

平成18年 福岡工業大学付属城東高等学校卒業

平成22年 国士舘大学体育学部武道学科卒業

平成23年1月から22年度3次隊としてバングラデシュ国派遣

 

■参加の動機

 大学時代、外国人選手と稽古等で触れ合う機会があり、言葉が通じなくとも、柔道を通して解り合い、笑い合うことが出来ました。柔道を通してこの様な関係がもっと築ければという思いから、海外指導に興味が湧き参加しました。

 

■配属先

 バングラデシュ柔道連盟

 バングラデシュ国ナショナルチームの指導と共に若手選手(18~25歳)の育成を行っています。

 

■派遣国の第一印象

 バングラデシュ国の第一印象は、到着してすぐ、「なんだこの暑さは!」と思いました。日本では1月で寒かったのもありましたが暑かったです。

 日本から来て何より感じたのが、インフラが整っていないことと、貧富の差がものすごく激しいことです。首都は渋滞だらけで、道などいろいろな所がゴミの山で異臭もすごく、どこも人だらけです。物乞いの人もたくさんいて外にいると疲れます。首都を出て村々に行くと何もなく長閑な感じです。

 

■現地の柔道の状況

 バングラデシュでは、日本では馴染みのないクリケットが盛んで、路上や広場などどこでもクリケットをしている光景を目にします。一方、柔道の知名度は低く、空手やテコンドーと間違われます。柔道の人口は1000~1500人と聞いています。基礎からしっかり教える指導者がほとんどおらず、指導者でさえ、練習日に来れば良い方で、連絡なしに練習に来ないことも多々あります。

 選手のレベルも低く、ナショナルチームの一番強い選手でも日本の高校生で全国大会に出場するくらいのレベル。南アジアでは3~4番目くらいですが、過去には南アジアで優勝した選手もいます。

 柔道連盟も全く機能しておらず、大会もジュニアとシニアを合わせても年間に2~3回ある程度です。何の計画性もなく、1~2週間前になって突然試合を告げられることもあります。連盟の人の中には柔道のことをよく知らない人もいて、ある連盟の人から「選手たちの試合の靴は揃っているのか」と聞かれたときは驚きました。

 選手たちは基礎が出来ておらず、「一本」を取る技も持っていません。殆どの選手がしゃがみ込んだ一本背負投か巻込技しか行わず、また寝技は全く出来ず、しっかり抑え込める選手がほとんどいません。長期の休みも何度かあり、ラマダン(断食)からイード(ラマダン明けのお祭り)にかけては、約1ヵ月半休みになります。

 選手たちのほとんどは、軍、警備隊、警察に従事していますが、柔道に対する意識も低く、「我慢」や「努力」をする様子が全くありません。「バングラではそんなにする必要はない」「私たちはバングラデシュ人だから」「柔道が好きでもきついことや痛いことはしたくない」「勝ち負けはアラー(イスラム教の神)が決めるから」と言って練習にあまり行かない現状です。

 バングラデシュでは子供の指導を行っている所が、4~5ヵ所しかなく、週に3~4回の練習で、同じ子供が空手と交互で指導を受けています。

 3年前からBKSP(Bangladesh Krira Shikkha Protisthan)という国立スポーツ学院において柔道の指導が始まりました。そこのコーチは、日本でセミナーを受けたり、自分でいろいろ勉強したりして、知識と経験があります。すごく真面目で柔道が大好きな人なので、生徒たちも礼儀正しく真面目で頑張っており、3年間でシニアの全国大会で優勝を含む上位入賞者が出ており、今後のバングラ柔道界での活躍が期待されています。

 

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■カルチャーショック

〈柔道〉

 日本とは宗教・文化が違い、育ってきた環境が違うので、日本では考えられないことが多々起こります。赴任して驚かされることばかりでした。

 選手は試合前しか練習はせず、国の代表なのに打撲や筋肉痛で練習に来なくなり、少し指から血が出たくらいで練習しなくなります。試合が近づき無理にやらせようとすると、駄々をこねたり、泣きべそかいたりする状況です。コーチたちは目を離すと外にお茶しに行ったりと呆れることばかりでした。

 唯一の全国大会の時のことです。大会当日の審判会議で審判長が審判員に基本的なルールやジェスチャーを教えていました。なんとルールからジェスチャーもほとんど知らない人が審判員として集められていたのです。審判の経験がある人でも、大会自体が年に2~3回くらいしかないため、判定は間違いだらけでした。審判長も完璧ではなく、ジェスチャーもバラバラでした。ミスジャッジが多い審判が途中交代したり、ルールをきちんと理解できていない選手もいて試合が何度も中断されました。

 また、間違えて60kg級と66kg級の選手が試合をしていたり、贔屓ばかりする審判長がブーイングで退場になったりしました。毎年行われている全国大会でこんなことがあるとは考えられませんでした。驚かされる中で、結局、私がほとんどの試合の審判をすることになり疲れました。

 

〈柔道以外〉

 バングラデシュはイスラム教の国なので、コルバニイード(犠牲祭)というお祭りがあります。この祭は、預言者アブラハム自身の信仰心を示すために、息子のイスマエルを殺してアラー(イスラムの神)へ捧げようとした時、神様が「代わりにこれを捧げなさい」と、一匹の羊(牛という説もある)をくれたことが始まりです。

 この日は、外に出るといたる所で生きた牛やヤギをさばいており、道が血だらけになります。これを自分の家族、親戚、貧しい人と3等分して分け与えるのですが、あちらこちらで、牛やヤギをさばいているので見すぎて気分が悪くなりました。

 

■現在の活動

 現在は2013年の2月か3月に開催予定の南アジア大会に向けて、ナショナルチームのセレクションが始まり、選手を選考しながら候補選手の指導を行っています。9月までにナショナルチームの選手を決定して、強化練習に入る予定です。

 

■1番嬉しかったこと

 意識を高めるために、私の思いや指導方針などの話し合いの場を持ちながら指導を続けていますが、その中で、4人の選手に気持ちの変化が見られました。特に大きな変化のあった2人の選手は、来るとすぐ着替えて私の所に来て挨拶して「教えてください」と言ってきます。

 練習も他の者よりしっかりやり、終わった後も私の所に来て解らないことなど聞くようになりました。その中の1人は初めは大会にも出場できなかったのですが、半年でナショナルチームを決める試合に出場できるまでになり、今まで勝てなかった選手にも勝つことができました。次回の最終選考試合にも出場が決まり、彼らの自信にも繋がり嬉しかったです。

 

■1番辛かったこと 

 柔道衣や畳、相手に対して感謝の気持ちが少ないことです。練習場所の掃除は行わず、やらせても汚れが目立つ所を足で拭くだけ、といった感じです。赴任当初は、「こんなに汚れているのに掃除は?」と聞くと、コーチと選手がいきなり自分たちの道衣で畳を掃いたり、拭いたりし始めて驚きました。雑巾やホウキを持ってくるのが面倒だという理由で、大切な道衣で掃除をするのでショックを受けました。

 道衣も畳も日本の援助で数も限られているのに、この状況です。洗濯もあまりしませんし、破れかけていたらふざけて破りあいます。ナショナルチーム相手にこんなことで怒らなければならないとは思いませんでした。

 そして、「先生のキレイな道衣と交換してくれ」とか、「日本に帰る時に道衣をくれ」と赴任初日の、しかも初めての会話で言われました。道衣や畳は日本から貰うものだと、皆思っているのです。物資の限られた途上国の人は物を大切に使うと思っていたのが覆されました。

 

■今後の目標

 柔道を通して世界を巡りたいです。

 

■最後に

 バングラデシュで柔道の指導をして、私はたくさんのことに気付かされました。幼い頃に柔道を始めて、礼儀を学び、厳しさ、楽しさ、悔しさ、喜びを感じました。中学・高校・大学と柔道の道を歩く中で、そこにはいつもきれいな道場があって、きれいな柔道衣に袖を通し、練習に行けば、熱心に指導してくださる先生方に、一緒に練習に励む仲間たちがいました。憧れの選手に自分の夢を抱き、汗を流す日々、このことがどれだけ幸せで素晴らしく感謝すべきことなのか心の底から実感することができました。

 バングラデシュは、教育もまだまだ進んでおらず、貧困な家庭であれば幼い子供でさえ働かなくてはなりません。普通の家庭で学校に行ってスポーツなどに励みたくてもそれに対する環境も整っていません。スポーツの学校も熱心でしっかりとした知識や技術を持った指導者はおらず、やる気があっても一緒に努力をする仲間もいません。柔道に関しては、畳、柔道衣の不足はもちろん、指導者も少ないです。

 そしてそれをどうにか改善しようとする者もおらず、柔道連盟もあってないようなものです。日本からの援助の畳や道衣を大切にしないで掃除の道具にするなど、感謝する気持ちも少ないです。

 しかし、それは生まれ育った環境が違うので日本人とは物の扱い方や精神、すべてが違い、良い悪いを教える人や長く根付かせる人がいないからだと思います。

 私たち日本人には、毎日怒られたり褒めてもらえたり、いろいろな方向から指導をしてもらえる環境があります。そのおかげで今柔道を海外で指導することができています。

 そして、柔道を始めてから今までたくさんの人々に支えられています。柔道が今できることに感謝して、これからも柔道の道を歩いて行きたいと思います。

(平成22年度3次隊)

 

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■帰国後、現在の千原さん

 

 帰国後、すぐ10ヶ月ミャンマーで指導をさせていただきました。

 現在は、中国の河南省にある重競技運動管理センターで女子柔道チーム監督として指導をしています。中国ではトラブルも多く、問題の山積みですが、協力隊の経験で養った忍耐力や応用力が今すごく役立っています。

 

この記事は、講道館発行の機関誌『柔道』に掲載された記事を加筆修正再編集したものです。
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