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青年海外協力隊奮闘記 vol.8 -ペルー共和国-

ペルー共和国

浦田  太

初出『柔道』平成24年7月号

 

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■ペルーについての基礎知識

 ペルーの面積は128万5216平方キロメートルで日本の約3.4倍の面積です。人口は約2822万人でそのうちの約776万人が首都リマで生活しています。宗教は国民のほとんどがキリスト教です。ペルーは南半球にあるため、季節は日本と反対で、日本の夏にあたるのは11~4月です。ただし日本ほどはっきりと四季は分かれていません。またコスタ(海岸地帯)、シエラ(山岳地帯)、セルバ(森林地帯)という地域によってまったく異なる気候を持つ国でもあります。

 

■略歴

 大牟田高校(福岡県)を平成元年卒業後、航空自衛隊に入隊し現在休職参加中。

 

■参加の動機

 高校卒業後航空自衛隊に入隊し、それぞれの勤務地(宮崎、福岡、鹿児島)で市民大会や県民大会、また自衛隊内の大会等に参加し、柔道愛好家として柔道修行を続けてきました。しかし平成17年、奈良県にある航空自衛隊幹部候補生学校に柔道助教として配属。本格的に指導者として勤務していくうちに指導の難しさや喜び等を痛感し、もっと指導者として己を磨きたいという思いが込み上げてきました。

 そんな時に偶然青年海外協力隊の募集を知りました。年齢的な問題や職場の問題等悩むこともありましたが、もし合格出来て派遣されれば己を磨くという願望を満たせるのみならず微力ながら国際貢献もでき、そして日本や柔道への恩返しも出来る活動だと思い受験を決意しました。

 

■配属先

 体育庁ピウラ支部。

 当初はピウラ支部下にあるパイタ柔道クラブにて活動していましたが、現在はピウラ柔道クラブに移動し5歳から成人まで約40名の生徒を教えています。

 

■派遣国の第一印象

 ペルーに到着して、JICA事務所から首都リマの町並みを見た第一印象は「ペルー凄いやん!都会やん!」でした。赴任してまず約3週間リマでホームステイしながら現地語学訓練が行われました。リマは電気や水道も安定していてホームステイ先の家の近くには、マクドナルドやケンタッキー、スターバックスなどの店が並び、拍子抜けした感もありましたが、先輩隊員やJICA職員の方々からは「リマをペルーと思うな!」とアドバイスを受けていました。いざ任地に行くとやはりリマとは全然違いました。

 

■柔道の状況

 ペルーでは月に1回程度の割合で大会が実施されています。また国内のみならず近隣のエクアドルやチリ、ボリビアからも参加してくる大会もあり、子どもたちには恵まれた環境であると思います。しかしカテゴリーがかなり複雑に分けられていて、せっかく遠い地方からお金を出して参加しても、1試合もせずに優勝という場面も多々見受けられます。

 技術的な状況としては諸外国共通なのかもしれませんが、技はほぼ巻込か裏投気味の返し技で、寝技をほとんどしません。しかし、大多数のペルー人柔道家、指導者は、日本柔道を本当に尊敬してくれていて精神、技術を学ぼうとしています。

 

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■カルチャーショック

〈柔道〉

 まず大会を最初に見た時の印象は技術うんぬんより礼法がめちゃくちゃだったのが衝撃的でした。外国だからとある程度予想はしていたのですが、私の予想をはるかに超えていました。ペルー代表クラスの選手でさえ試合の礼法をまともにしている者は1人も居ない状況でした。

 しかし一番の衝撃は道場内で唾を吐くことでした。畳の上には吐きませんが、畳の敷かれてないアスファルト部分に小さな子どもから指導者までペッ!ペッ!と吐くのです。何度も「道場内では吐いちゃ駄目だよ」と精神面や衛生的な観点からの説明も交えお願いしましたが、私が任地を去るまでに改善させることは出来ませんでした。

 

〈柔道以外〉

 ペルーに来て柔道以外の1番のカルチャーショックと言えば物乞いの存在です。首都リマは本当に凄い都会なのですが、地方に行くと全然景色が違います。貧富の差が本当に日本よりよく見えます。町を歩いていると裸足のおばあさんが私には聞き取れないスペイン語で話しながら手を出してくるのは日常茶飯事で、大衆的な食堂で食事をしていても、そこに子どもたちや乳飲み子を抱えたお母さんが入ってきて「お金恵んで」と言ってきます。本当に憤りを感じると同時に、日本という国はなんて良い国なんだろうと改めて感じています。

 

■現地での活動

 私の要請内容は体育庁ピウラ支部下のクラブにて柔道の精神及び技術を指導しながら現地指導者の育成に努めることです。赴任して約8ヵ月パイタ柔道クラブで活動しましたが、私の力不足から現地指導者との指導方針の違いを縮めることが出来ずに配置変更という悔しく悲しい決断をしました。その苦い経験を現在の活動先であるピウラ柔道クラブでの活動に活かしています。

 それと合わせて、最近体育庁ピウラ支部直轄の柔道クラブ生を募集し指導するという活動も始まり、近隣の学校で勧誘活動をし、柔道を全く知らず、見たこともないという子どもばかり40人くらいを対象に週3回、1回2時間程度の指導をしています。正直、指導しているというより私自身の願望であった指導者として己を磨くという思いを叶えさせていただいている感じです。日々非常に充実感を持って悩み、落ち込み、喜び、指導させていただいています。

 また本来の任務とは少し外れた活動になるのですが、どうしても私自身がペルーで実施したかったことがありました。それは東日本大震災発生から1年ということでペルー人柔道家たちに震災の状況を紹介することでした。私自身2011年3月11日は協力隊技術補完研修最終日で講道館にて物凄い揺れを体験し、パニック状態の東京の人々の姿を目の当たりにしました。なおかつ私は自衛官であり、こういう時に国民の皆様のために働かなければならない立場です。「本当にこんな時に休職して外国に行っていいのか?」と悩みましたが、上司の方々の温かい対応のおかげで現在私はペルーで活動が出来ています。

 そういう様々な思いを込めて日本の裏側のペルーから青年海外協力隊柔道隊員として出来ることをやろうと思い講道館国際部の先生方のアドバイスや支援を賜り、さらに上村春樹講道館長とバルセロナオリンピック金メダリストの古賀稔彦先生のお二人からはペルー人柔道家へのメッセージまでいただき、震災の紹介だけでなく、ペルー人柔道家たちへの今後の柔道修行の励みとなるイベントを実施することが出来ました。

 

■1番嬉しかったこと

 大会で被災地の写真などを展示していた時、ある生徒のお父さんがしばらくその写真を眺め、会場の端の方に居た奥さんと子どもたちを大声で呼び、写真を見るように言っていました。しばらくして子どもたちが飽きて遊びだした時、そのお父さんが子どもたちに「遊ばないでしっかり見なさい!FUTOSHIの国で沢山の人たちが悲しくつらい思いをしながらも今一生懸命頑張ってるんだよ。君たちはしっかり見てそのことを忘れちゃいけないよ」と言うのを聞いた時は本当に泣きそうになりました。1例として紹介しましたがこの話以外にも本当にペルーの方々が日本のことを心配し、応援してくれたこと全てがペルーに来て1番嬉しかったことです。

 

■1番辛かったこと

 前任地パイタ柔道クラブからピウラ柔道クラブに配置を変えたことでパイタ柔道クラブの監督と大きな溝を作ってしまいました。大会等で会った時も挨拶はしないし目も合わせません。そして子どもたちや保護者にまで「彼と話すな。話しているのを見たら許さない」というようなことを言っているらしく、子どもたちが偶然私と目があっても、見てはいけないものを見てしまったような表情で、目をそらします。驚くべきことに、この監督の本業は校長先生です。私自身は悩み、ある程度覚悟して決断した結果なので良いのですが、子どもたちや保護者に悲しい思いをさせていることに胸が痛みます。同時に海外指導の難しさを痛感しております。

 

■今後の目標

 任期も約半分、折り返し地点です。柔道修行の目的である人間形成を主として、子どもたちに相手を思い遣る心や、座右の銘でもある「継続力也」「我以外皆師也」の精神を伝えながら、技術面においてはしっかり組んで投げる柔道、投げて「一本」にならなかった時に素速く寝技に移行して「一本」取れる柔道を指導していきたいと思います。

 そして何よりも子どもたちに「柔道は楽しい」と思ってもらえるように頑張ります。

 

■最後に

 上村講道館長はじめ講道館や技術補完研修でお世話になった諸先生、面識がないにも拘わらず突然のお願いに快くご協力していただいた古賀先生、柔道衣支援をしていただいた柔道教育ソリダリティーの皆様、指導者として勝手にお手本とさせていただいている紀柔館の腹巻宏一先生、道場見学希望の電話から始まり、何かといまだにお気にかけていただいている力善柔道クラブの杉村圭介先生、航空自衛隊奈良基地の皆さん、柔道を嫌いになりかけていた時に柔道の楽しさ、仲間の大切さを思い出させてくれた宮崎の新田原基地柔道部の諸先輩の皆さん、そして様々な支援や応援、そして見守ってくれる家族、親族、友人、知人、仲間、すべての皆様にこの場をお借りしてお礼申し上げますとともに、残りの任期を、前向きに楽しみながら全力で活動することをお約束いたします。

(平成23年度1次隊)

 

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■帰国後、現在の浦田さん

 現在、航空自衛隊に復職し、航空自衛官として勤務しながら和歌山県にある柔道塾紀柔館にて指導者、修行者として日々学んでおります。

 2年間の協力隊経験で得た、精神力や柔軟な発想力そして何より多種多様な方々との出会いのおかげで将来の夢に向かって公私とも充実した毎日を送っております。

 

この記事は、講道館発行の機関誌『柔道』に掲載された記事を加筆修正再編集したものです。
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